サイド・プロジェクト
目的に到達しようとする努力が生み出す、当初の目的に収まらないもろもろの帰結は副作用(side-effect)や副産物(by-product)などと呼ばれます。こうした付随的な効果は目的によってもたらされる一方で、それ自体として目的化できないという逆説を抱えています。だからこそ、目的地を目指した道のりの周縁(side)に浮かび上がる作用や産物を回収するのは、大抵の場合、未来の自分でなければ、遅れてやってくる他者なのです。

いまから約五十年前に構想された《Island Eye Island Ear》という風変わりな題名を持つパフォーマンスが目指したのは、島内に張り巡らされたサウンド・ビームや霧の変化を通じて、それ自体として見たり聞いたりすることのできない「風」を観客が間接的に見聞きすることでした。十年越しの努力にも関わらず実現に至らなかったこの計画は、しかしながら多くの豊かな副産物を生み出しました。

最近になって、当時のプロジェクト・メンバーとともにこの未完のパフォーマンスの実現可能性を再度考えはじめました。三年前にスウェーデンの孤島を再訪したことが思わぬ形で日本でのイベントに繋がり、そのイベントの予想外の帰結として札幌を拠点に三年越しのプロジェクトをはじめることになりました。

いつしか、一度も上演されなかった幻の作品の実現を追い求めることが生み出す副産物の連鎖自体が《Island Eye Island Ear》という息の長いパフォーマンスの本性だという気がしてきました。そもそもチュードアたちが半世紀前に追い求めた「隠れた自然=本性(occult nature)」が知覚の周縁においてのみ露わになるある種の副作用だったとすれば、サイド・プロジェクトほどその再考にふさわしい上演形態はないのかもしれません。